平成から令和へ...。

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元号が変わります。
昭和の時代を30年ほど生きました。昭和64年はわずか7日ほどで、1989年1月8日、31才の誕生日が平成元年の始まりの日でした。その平成を30年ほど生きて、いよいよあすから令和。昭和と平成をちょうど30年ずつ生きてきたわけです。令和を30年ほど生きると90才。これはあり得ませんね(笑)。まだいくつか撮りたい企画があるので、あと5年くらい生きて映画を撮り続けられるといいなぁって思います。
RS590726Ekimae2.jpg結婚したのは昭和最後の年でした。そして平成5年に子供が出来て...。監督デビューしたのが平成14年でした。いっぱい想いがあるはずの平成ですが、ボクはやっぱり昭和が好きです。どうしてだろう?
デビュー作「陽はまた昇る」は昭和40年代が舞台、2作目「チルソクの夏」も舞台設定は昭和50年代。そして4作目「カーテンコール」は昭和30年代でした。つい2ヶ月前にOAされたテレビドラマ「約束のステージ」も昭和50年が舞台のお話でした。
子供の頃、共働きの両親を見ていて、たいして裕福でもなく、でも一生懸命に生きているということを教わり、実感できたことが、昭和が大好きな一番の要因のように思えます。思えば自分の好きな映画やテレビドラマも、その頃に観た作品がほとんどです。トレンディなんて呼ばれた映画やドラマにまったく共感や感動を覚えませんでした。サーフィンやスキーなんてやれる余裕はありませんでした。同世代の若者がバブルに酔っている頃、ボクは貧しい助監督でした。寝る時間もなく、撮影の現場から現場を漂っていました。そうそう、ユーミンの歌が流れるクリスマス・イブの夜、原宿をスタイリストさんが持つ大きな黒いバッグを背負って衣裳のレンタルに歩いたことを今でも思い出します(涙)。
平成の時代に流行った歌もよく分かりません。今でも打ち上げなどで歌う曲のほとんどが昭和の時代の歌謡曲です。自分の形成された時代が昭和で、通りすがりだった時代が平成、そんな感じかも知れません。そして、おそらく令和は終活の時代になりそうです。願わくば、天災の少ない穏やかな時代になるといいなと思います。ちゃんと東北の震災も風化させない、そんな作品も残したいと思います。東京五輪や大阪万博に浮かれる前にやることはいっぱいあるはずです。

「コミック雑誌なんかいらない」でご一緒した内田裕也さんが亡くなりました。映画小僧の頃に憧れだった萩原健一さんも亡くなりました。そして先日は、TVドラマ「君ならできる」の原作者だった小出義雄さんが亡くなりました。小出監督とお会いしたのはアメリカのコロラド州・ボルダーでした。マラソン合宿の聖地です。助監督として、ドラマ「君ならできる」のロケハンでお邪魔したのですが、楽しいお酒をご一緒させていただきました。有森裕子さん、高橋尚子さん、鈴木博美さん、千葉真子さんといったマラソンランナーの皆さンも紹介していただきました。忘れられない思い出です。残念だったのは、いよいよアメリカロケに出発する前日に9.11同時多発テロが起きてしまい、アメリカロケが中止になったことでした。結局、小出監督にはボルダーで会ったきりになってしまいました。ドラマの感想はどうだったんだろう。これもまた、平成の時代の懐かしい記憶です。
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